ロードバイクには「ディレイラーハンガー」と呼ばれるパーツが使われています。このパーツの役割は、自らが壊れることでフレームやディレイラー(変速機)を保護することです。
もし自転車が右側に倒れると、最初にディレイラー(変速機)に衝撃が加わり、そのままフレームに荷重が伝わると、高価なフレームにダメージが及ぶ可能性があります。特にカーボンフレームであれば数十万円するので、衝撃を伝えるわけにはいきません。
そこで、ディレイラーとフレームの間に「ディレイラーハンガー」と呼ばれるパーツを挟むことで、フレームに被害が及ぶのを防ぎます。このパーツは、一定以上の荷重がかかると、わざと降伏するように弱く設計されているため、曲がって衝撃を吸収することができます。
今回は、ディレイラーハンガーを構造解析することで、どの程度の荷重が加われば降伏し、曲がり始めるのか検証してみます。
ディレイラーハンガー(赤丸箇所)
拘束・荷重条件
ディレイラーが1番外側にあるため、最初に衝撃(赤矢印)を受けることになります。ディレイラーとフレームの間にある「ディレイラーハンガー」を犠牲にすることで、上位グレードでは数万円するディレイラーと、数十万円のフレームを守ることができます。
通常の設計では、降伏点を超えるような応力を想定して構造解析を行うことはありません。材料が塑性変形すると曲がったままの状態になり、元の形状に戻らなくなるため、予想される最大応力が許容応力を超えた時点で設計を見直します。つまり、弾性域内だけを想定して構造解析を行っています。
一方、ディレイラーハンガーは、衝撃を吸収するために、降伏して曲がらなければなりません。今回は、わざとディレイラーハンガーが降伏するような荷重をかけて、塑性域での変形についても解析します。塑性域の変形は非線形ですが、線形に近似させることで計算が可能になります。
弾塑性解析の条件設定
材料はアルミニウムに設定します。塑性域の応力-ひずみ曲線は直線ではない(非線形)ため、緑色の直線を使って近似させることで、降伏が生じた後の変形が計算できるようになります。
下図の赤線が本来の塑性域の応力-ひずみ曲線ですが、緑色の線を使って塑性を考慮した解析を行います。弾性域と塑性域のそれぞれを計算するために直線が2本あり、バイリニア(bi-linear)と呼ばれます。
ディレイラーハンガーには、耐力を超える荷重が加わります。耐力に達するまでは、ヤング率に比例してひずみは増加します。耐力に達した後は、2本目の線(緑色)の傾き(加工硬化係数)に従って、ひずみが計算されます。
解析のために、ディレイラーハンガーの寸法を測定して3DCADでモデルを作成します。次にメッシュを作成しますが、1次要素では解析精度が不十分だったため、2次要素でメッシュを作りました。
2次要素でメッシュ作成
弾性域と塑性域のそれぞれで応力-ひずみ曲線の傾きが異なるため、荷重を増やしながら解析を何回も繰り返します。
耐力を30MPaに設定したため、ディレイラーハンガーにかかる応力が30MPaを超えると降伏して、曲がった形状のまま元に戻らなくなります。
荷重:0N
荷重:20N
荷重:40N
荷重:60N
荷重:80N
荷重:100N
解析結果を確認すると、90Nの荷重がかかった時点で材料が降伏する結果になりました。一度曲がってしまった(降伏した)ディレイラーハンガーはもろくなっているため、仮に形状をハンマー等で叩いて元に戻しても強度は復元できません。
鋼材やカーボンフレームと比べると、アルミニウムの耐力は1/10程度しかありません。
弱いアルミニウムで作ったパーツを組み込むことで、わざと衝撃を吸収、座屈させているのです。全体の強度を上げるには材質・形状の見直しが必要ですが、強度の低いパーツを組み込む方法であれば、低コストで全体を守ることができます。
荷重をかける前のディレイラーハンガーを白色で表示しています。100Nの荷重をかけたディレイラーハンガーは、カラーリング表示で重ねて表示しています。
カラーリングで赤色箇所が最も変位の大きな箇所で、青色箇所はほどんど変位していないことを表しています。
増分解析は、何ステップにも分けて解析を行うため時間がかかります。メッシュ数4万3000、100Nまでの荷重を10ステップに分けて解析すると、4コア使用した場合で15分程度の計算時間が必要でした。
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